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30代後半おひとりさまの雑記帳

勤務先が倒産した日と、創立10周年を迎えて

 

10年前、勤務先が倒産した日のこと。

 

いつもと同じように出勤してタイムカードを押す。いつもと同じように・・・のはずが、「午後イチで社長からお話があります」というお知らせが回ってきました。

 

当時の従業員は30人ぐらいだったでしょうか。3階建ての自社ビルの1階に集められ、ただならぬ空気が漂っていました。社長が第一声、

 

「私の力不足で、弊社は今日で倒産しました。申し訳ありません」

 

と、頭をさげました。何も知らされていなかった従業員はさぞ驚いたでしょう。頭を上げたそいつは、次になんて言ったと思う?

 

「私は長年の夢であった、田舎暮らしをしようと思います」

 

とほざきやがったのです。そいつとは、前社長のことです。急に倒産を宣告されて、動揺を隠せない従業員は覚えていないでしょうが、私はしっかりと覚えています。こいつ、バカじゃねえのか・・・とあきれ返ったのが昨日のようです。『長年の夢ってなんやねんな、今日倒産してんぞ、何を夢語ってんねん』と思っていました。なぜ私が前社長をそいつ呼ばわりするかというと、勝手に6億の借金を作って不渡りを出したからです。それまでの派手な遊びも暮らしも知っていたからです。

 

『この会社、倒産する』と感じるようなったのは、潰れる半年ほど前からでしょうか。給料が2回払いになった頃からです。15日に半分、月末に半分です。給料が遅れだすと、だいたいの会社は潰れます。

 

そいつの謝罪が終わったあと、すでに待機していた破産管財人の弁護士さんが、手際よく資料を配ってくれます。離職票もろもろの資料です。資料を配ったあと、「ハロワークに行ってどうのこうの」という説明が始まります。動揺して泣いている社員がいようが彼は彼の仕事をするまでで、会社の倒産なんて、倒産した従業員の涙なんて、所詮他人事ですからね。そんな説明、ちっとも頭に入らなかったけど、手続きなんて何とでもなるものです。

 

私は倒産するだろうと予測していたので、『会社が倒産するときってどんな感じだろう』と思い最後までいる覚悟を決めていました。人生において倒産を経験するのも貴重かもなと思っていました。

 

ドラマの見すぎか、私の倒産のイメージではすべてのものに差し押さえの紙が貼られ、入り口にはロープ、閉まったシャッターには紙が貼られるのだろうと。でも実際には、閉まったシャッターに紙が貼られるだけでした。

 

なんだ、面白くない。ロープぐらい張れや。

 

取引先、仕入先からの電話は鳴り止みませんでした。そりゃそうでしょうね、お金払ってもらえないのだから。事務の子、泣いてたなぁ。でも事務の子はそいつによく派手に飲みに連れてってもらって、今までさぞいい思いしてきたんだから仕方ないよのぅ。一度全体の宴会のときに見かけたのだけど、その事務の子、お酒に酔ってそいつの顔をやらしく触ってたなぁ。できてたんじゃない?たぶん。できてたよね。

 

あ、話はそれつつありますが、その後の管財人の手続きのおかげで、倒産後も何日かは会社に出入りすることができ、本来なら持って出られない私物なども、持ち帰ることができました。

 

なんだ、差し押さえないのか。つまんねえの。

 

そんなこんなでイメージと違った、倒産の日は過ぎていきました。私物が重すぎて、駅まで弟に迎えに来てもらい、車の中で「倒産した」と言いました。弟はビックリしたけど、両親はそんなに動揺していませんでした。

 

でも正直なところ、私はその日が来て少しホッとしていました。なぜなら私はストレスの塊だったから。もう限界だったから。そのせいで、精神的な病を抱えていたから。今思えば、それでよかったのかもしれない。

 

 

それから10年。

今のメンバーでなんとかやってきました。正社員は7人です。仕入先からも信用を失っていましたし、取引先から仕事を受注させていただけるまで、かなりの時間がかかりましたが、なんとか契約を結んでくれるようになり同じ仕事ができています。

 

経営的には非常に厳しいようですが、現社長としては10年の節目を迎え、感慨深いものがあったようです。

 

そりゃ、働いている私たちでさえ「10年か・・・」なんて言って遠くを見つめながら、目を細めて物思いにふけったりするのですから。

 

私が婚活をしたのもそうなのですが、40歳までにこの先の自分の人生をどう歩んでいくのかを定めたくて、

・このままここで会社員をするのか

とか、

・他で会社員をするのか

とか、

その他考えていることはあるのだけど、昨日の宴の最後に、珍しく社長がひとりひとりに言葉をかけてくれて「前向きに頑張れよ」だの「もっと頑張れよ」だのちょっとふざけ気味だったのですが私に対しては、

 

「いつも会社のために色々努力してくれてありがとう」

 

という言葉だったのですよね。

 

しまいには泣き出してしまい(社長がですよ)最後はボロボロになったのですが、そんな言葉をかけられると、これまた困っちゃうなぁなんて思いつつ、自分が頑張ってきたことの答えなのか 自分も少し役に立ててこれたのかなどと、どっちにせよ光栄なことだと思いました。 

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そんな10年の宴が先日、とりおこなわれました。何はともあれ美味しいお料理に舌鼓を打ち、楽しい時間でした。