自由に書いていいですか?

30代後半おひとりさまの雑記帳

ASKAさんへの気持ち。

昨日、私が下剤を飲んで苦しんでいるころ、ASKAさんが約5年半ぶり?のステージに立ちました。私もかけつけたかったけど、先に健康診断が決まっていたので仕方ねえ。

 

2014年5月17日の逮捕の日、私は鍼灸院の帰りで車を運転していました。母からメールが入って、信号待ちにメールを読んで逮捕を知りました。その帰り道の記憶は今もありません。青天の霹靂とはこういうことをいうのでしょうか。何もかもが音を立てて崩れていくのがわかりました。何があっても落ちない食欲はどんどん落ち、毎日泣き崩れる日々でした。

 

保釈の日、テレビを通してASKAさんの姿を確認しました。深々と下げるASKAさんのお辞儀はいつものステージのお辞儀と同じでした。間違いなくASKAさんでした。逮捕からずっと、メディアはあることないことめちゃくちゃに書いてくれました。そのときから私はワイドショーもエンタメのコーナーがある番組も一切見なくなりました。それは今も続いていて、これから先も一生見ることはないと思います。あれやこれや映像を流し、何も知りもしないコメンテーターかなんか知らんけど、好き勝手に語りやがってと思っていました。大阪で活躍していた宮根さんも大嫌いになりました。若手のときから応援してきたのに、宮根さん。残念でした。

 

それから1年くらい何かあれば涙が出続けました。人はこんなに泣けるのでしょうか。

 

でもASKAさんは音楽を続けてくれました。ブログを通して音楽を続ける姿を綴ってくれました。はてなのIDを取ったのもASKAさんのブログにコメントをするためでした。そこまではブログなどでASKAさんの様子を知ることがなく、彼のリアルタイムの文章を読めるようになったことを嬉しく思いましたし、何よりそばに感じられることで私のほうもなんとか立ち直ってきました。

 

FUKUOKAという新曲を聞いたとき、また涙が出ました。逮捕後はじめての新曲を耳にすることができ、歌声を聴くことができ、ASKAバンドのバンマスがピアノを弾いてくださり、ギタリストがギターを弾いてくださっていた。何も変わっていなかったことに感動と感謝でいっぱいでした。母も会社の人もその曲をとてもいいと言ってくれました。自分が作ったもののように嬉しかったです。それからどんどんASKAさんは精力的に活動を続けてこられました。

 

ですがステージに立つASKAさんを見られなくなって5年以上過ぎ、私の心も落ち着いたというか、流れる日々の中であの時の情熱やなりふり構わずライブを申し込んでしまう勢いはなくなってきたように感じていました。人は、ないものに慣れてしまうのだと思いました。失恋の痛みも時間が経てばおさまってしまうのと同じように。

 

でも昨日ASKAさんが5年半ぶりにステージに立って、その姿をツイッターで呟いている人の感想を読みました。『彼は今回はごめんと言わなかったが、今まで待っていてくれてありがとうと、何度も頭を下げた』という内容のツイートでした。これを読んでその姿が目に浮かび、私の目にはまた涙が溢れました。そう、私にはどうしたってASKAさんが必要なのだと。

 

そして14日には、彼は大阪に来てくれます。逮捕後に新しくなったフェスティバルホールのステージに。新しいフェスティバルホールに立つASKAさんの歌う姿を確認することができます。

 

ASKAさんに音楽があってよかったと、ちゃんと確認してきます。